事故10日目のメモ

事故からまる10日が過ぎだ。変わらぬ数字は174。初日にカウントされた救出者の数字は微動だにしない。懸命の救出活動は続けられているが、残念ながら成果を出せていない。
「これがもっと初期の段階で行われていれば」
誰もが悔しがるほどの懸命な救出活動を見ながら、多くの人が1995年の「三豊百貨店倒壊事故」を思い出した。あの時は事故発生後2週間以上もの間、瓦礫の下から生存者が発見され続け、その「奇跡」によって人々は事故の衝撃を「癒す」ことができた。今回も「エアーポケット」に肩を寄せ合った高校生たちがいるのではないか、そう思って人々は待ち続けていた。
でも、それも叶わぬまま、国中が追悼ムードに包まれていく。それと同時に、事故当時に関しての新しい情報が入ってくる。なかでも衝撃的だったのは、4月27日にニュースチャンネルJTBCが放映した「事故後15分、最後の残された動画…救助時間十分だった」という動画だった。

沈みゆく船の中で――16分のスマホ動画それは、事故で亡くなった高校生のスマホの中にあったものを、親が「もうこれは私だけの物ではないから」と放送局に渡したものだった。この局の看板キャスターはその経緯を述べたうえで、「これをそのまま全部放送はしないことに決定し、一部のみを編集して放送します」と厳かに語った。あまりにもショッキングな場面は局の判断で編集される。東日本大震災の時も膨大な量の動画が切り取られた。
動画には沈みゆく船の中での高校生たちの様子が写っていた。
「お、傾いている」「こっちに寄っちゃうぞ」「本当に死んじゃったりして(笑)」「なんだこれ?」「面白いじゃん」
(10分後)「おい救命胴衣」「おまえあるか」「お母さん」「甲板に出ようか」
(そこに「動かずに部屋で待機してください」という船内放送)
「救命胴衣を着ろってことは、沈没するんじゃないのか」「これ着て、海に飛び込んで泳ぐのか」
(ここでも「動かずに部屋で待機してください」という船内放送)
 http://media.daum.net/breakingnews/newsview?newsid=20140427230206247
 生徒たちは逃げようとしていた。それを船内放送が止めた。甲板に出ようとしていた。それも船内放送が止めた。動画は16分、船内から脱出するのに、十分な時間ではなかったのか。その後の生徒たちの運命を考えると、この動画の内容はあまりにも残酷だった。
前回の記事で私は船長が非正規雇用であり、給料も安いことに触れた。でも、それは日本人の多くが「船長とはこうあるべき」というプロフェッショナルを語っていたため、韓国にはそういう職業意識(プライド)を持てるような環境がないということを説明するためだった。でも、考えてみれば、彼に求めるのは職業人としてのプライドなどではなかった。そんなたいそうなものはなくてもいい。ただ、ルールを順守すること。それだけしてくれていたら、乗客が無事に救助される可能性ははるかに高かった。
 
海洋警察も軍も政府も初動ミス?  船長の罪はあまりにも大きい。それ以外にも、船が規定の3.8倍もの荷物を積んでいたり、そのために船底のバランス用に水が抜かれていたり、船舶会社の実態はひどいものだった。その悪徳企業とは別の意味で出鱈目だったのは初動救助だった。
情報の伝達経路が間違っていて救助隊の出動が大幅に遅れた、海洋警察の救助船に専門家が乗っていなかった、消防のヘリは生徒の通報を受けていち早く出動したのに別のところで待機させられた。そして海軍は一人も救助できなかった…等々。ちなみに軍の司令塔となった軍艦の名前は「独島」だった。「韓国の誇り」は何をしていたのか?
事実関係はまだはっきりせず、今後、おそらく設置される「真相究明委員会」で明らかにされていくのだろうが、ただし、軍事機密にふれる部分と、公務員の隠ぺい体質などを考えると、真実がどこまではっきりするかはわからない。

この規模の事故にしては、あまりにも人的被害が大きい 事故の直接的な原因は今のところまだ不明だ。さらに被害を拡大させた多くの理由も、細部はこれから明らかになっていく。一方で、事故の特徴は非常にはっきりしている。この事故はその規模のわりに人的被害があまりにも大きい。
 前回の記事に、「韓国の闇」と書いたところ、国際機関で長く働いた人から、それは別に韓国に限らないのではないかという指摘をうけた。一方、韓国人や韓国で暮らす日本人は「今回の事故で韓国の悪いところがすべて出た。まさに韓国的な事故だ」という言い方をする。この件については、韓国人と日本人の意見が不思議に一致している。
 事故や災害の規模のわりに人的被害が大きくなるのは、発展途上国の特徴だ。同じ規模の地震や台風が来ても、残念ながら先進国と他の発展途上国では死者や行方不明者の数に大きな差が出てしまう。

 アジア金融危機の頃、欧米の投資証券に勤める友人が、IMFの韓国担当者に「韓国は遅れた先進国なのか、進んだ発展途上国なのか」聞いたという。その担当者の答えは「進んだ発展途上国」だと言い、その理由に都市と農村の格差をあげたという。私は友人に「街に障碍者がいない国は先進国ではないと思う」と付け加えたが、今はもう一つその理由がわかった。「運命<予想外の火災・突然の難破>を管理する社会の能力が、おそらく先進国と発展途上国を区別する最大の特徴の1つである。」(ピーター・ドラッガー)。

「三流国家」とは 中央日報は事故の直後、二度にわたり社説で「韓国は三流国家」という言い方をした。一流とか二流とか序列をつけるのはなんとも儒教的だが、要は発展途上国という意味なのだろう。今回の事故にあたり、「まさに韓国的だ」「韓国の悪いところが集合した事故」という言い方の「韓国的」とは、発展途上国のそれだったのだ。つまり、韓国人や日本人が思うほど、オリジナリティーにあふれたものはないのだろう。
 ちょうど一昨日、マレーシアから友人が訪ねてきたので、発展目覚ましいクアラルンプールのついても聞いてみた。
 「もっと大変よ。公務員なんて全然あてにならない。事故が起きたら、救急車よりもタクシーを呼べとみんな言っている。救急車なんか信用できないから」

 今、韓国では「こんな国に生まれた不幸」という言葉をよく聞く。あるいは「いつから大韓民国はこんな情けない人間ばかりになってしまったのか」という嘆き。人々は自責の言葉を繰り返している。そうしながら、車はまた信号を無視していく。
 船長のモラルとか、韓国人としてのプライドとか、そんなたいそうなものではなく、とりあえず法が遵守される社会にしなければと思う。「法が法として力をもたないと。安心して暮らせる社会は作れない」。最近は日本人に意見を聞きたいとい人も多いが、やはりそこらへんかなと思う。 

珍島沖の旅客船沈没事故、韓国社会の闇

 韓国珍島沖の旅客船沈没事故から6日間が経過。韓国の主要放送局は連日特別枠で、事故関係の報道を続けている。現場の作業の進行は非常に遅く、いい話がほとんどないため、番組の多くは「バッシング」と「美談」などが重複して流されているだけだ。行方不明者の家族などはマスコミ不信が強いのか、インタビューにあまり応じないよう。なので、すごい数の取材陣が現地に入っているわりには、届けられる情報は少ない。

事故直後の大誤報
 マスコミ不信の最大原因は4月16の事故発生直後に「高校生全員救出」の報道が流れたことだろう。私自身もテレビで「タンウォン高校の生徒、全員救助」という緊急速報を見た。「それは、よかった」と思って外出し、お昼に戻ってきたらテレビ画面の安全行政部発表の数字が変わっていた。行方不明者290名。そのほとんどが高校生だった。
 テレビではヘリコプターで救出された高校生がずぶぬれでインタビューに答えていた。「部屋で待機するように言われ、それに従った。その後に海に飛び込めと言われたときには、船がもうかなり傾いていた」
 Kbsはこのインタビューを繰り返し流していた、おそらく、他の生徒からのインタビューはとれなかったのだろう。ただ、この証言だけで十分だった。「船室内で待機しろ」という放送が何度も流れ、生徒たちは船が傾いても指示通り船室にいたのだ。
 
犠牲となった高校生、救助された船長
今回の事故の最大過失はこの「船室での待機指示」だった。救助が始まった直後には「避難に混乱はなく、みな落ち着いていた」という報道もあった。私は「韓国人らしくないな」と思ったのだが、今から思えば救助船が近づいた時には、もう部屋から出られなくなっていたのだ。
「船が傾いたら、船室から外に出ろ。いよいよ沈み始めたら風上に向かって飛び込め」
事故から数日後に経済番組のアンカーが、堪え切れないといった表情で語った。ふだん株価の動向しか言わない彼が異例だった。この証券アナリストは若い頃船に乗っていたという。彼だけでなく、みんなが怒っていた。素直に大人の指示に従った高校生がどうしてこんな目にあうのか。
自分で行動した一般客の救助率は高かった。さらに国民を怒り心頭にしたのは、船長がもっとも早い段階で救助されていたことだ。船長だけじゃない。機関士や操舵手など運行にかかわる乗組員は全員が、船室に乗客を残したまま無事に救助されていた。
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/04/17/2014041701215.html?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter

真っ先に逃げた船長は濡れたお札を乾かしていた
 「船長が真っ先に救助された」という報道は内外に衝撃を与えた。「船長は船と運命を共にするんじゃないのか」。ネット上ではすぐに船長を非難する書き込みであふれ、主要新聞の社説も船長非難一色となった。
 乗務員の過失が事故の拡大を招いた事例としては、2003年に大邱で起きた「地下鉄放火事件」が思い出される。あの時も、当初は放火した犯人と火災が発生した駅に突入した対向車の運転手がやり玉に上げられた。しかし、その後に指令センターのミスなど地下鉄の安全管理体制そのものに問題があることが明らかになった。今回、韓国警察が早期に乗務員の拘束措置をとったのは、関係者が「口裏を合わせないようにするため」だという。
 韓国ではサンプン百貨店崩壊、聖水大橋崩落などをはじめ、大規模な災害のほとんどが「完全な人災」である。その中でも、今回の事故は大邱の地下鉄放火事件と重なることが多い。閉じ込められた船内(車内)からスマホ(携帯電話)による交信があったことも、多くの韓国人にあの時の恐怖と悲しみを思い出させた。
 ただ、その大邱の地下鉄火災事故以上に、今回の船長はひどかった。救援された船長の画像は、30年ほど前に「逆噴射」で羽田沖に突っ込んだ日航機の機長を彷彿とさせ、ひょっとしたらこの船長も精神疾患があるのかもしれないとも思った。ところが、この船長は収容された病院のベッドでお札を乾かしていたという。ものすごく「普通の精神」。68歳の初老の男性が、ポケットから濡れたお札を出して乾かしている姿を想像した。そんな普通の男が、たくさんの生徒の命が奪った。
 
慶尚道全羅道か」
 そこで、船長の経歴を調べようと韓国のサイトで検索したところ、思わぬ「論争」がおきていた。
「この船長は全羅道の人間だ」「いや釜山出身だ」。韓国では長年の地域対立がある。なかでも一部地域に関しては、まるで日本の「在日認定」と同じようなメンタル。なんだか嫌なところはそっくりだ。
 http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/17200.html
船長はすでに拘束されており、日本だと本人の経歴なども報道されるのだろうが、韓国では容疑者段階だと顔写真も出てこない。テレビなどは本名も伏せられることが多い。一方で、事故当時、この船を動かしていたのは、25歳の3等航海士、入社4か月目の女性だったという。
アシアナ航空の墜落事故を思い出した。あの時も機長ではなく副操縦士が着陸の操縦かんを握っていた。今回は25歳の新人女性という。韓国をよく知る者なら誰でもわかる。この女性航海士はどんな不条理なことがあっても68歳の船長の言うことをきくしかない。この三等航海士と亡くなった22歳の客室係、年若くさらに女性であった二人は、乗務員の中でも「最下層の身分」だったのだと思う。

まさに韓国的な事故、嘆く韓国メディア
 この事故の報道を見ながら、「まさに韓国的な事故」と多くの人が思った。韓国人自身も思ったし、在韓日本人も思った。韓国で最大部数を発行する朝鮮日報のタイトルを見るだけでもそれはわかる。
「責任持つべき人間が真っ先に逃げ出す国」(朝鮮日報コラム)「基本を無視する韓国社会、繰り返される人災」(朝鮮日報社説)「韓国社会にごまんといる「セウォル号の船長」」(朝鮮日報コラム)
「プロ意識の欠落」「マニュアル無視」「金儲け主義」「嘘」。当初は船長の人格を問題にする発言も多かったが、しだいにその他の問題も明らかになっていった。中央日報のコラムはそんな自国を「三流国家」と嘆いたが、その「嘆き」もまた「韓国的」だった。韓国のメディアはその国民と同じくとても情緒的だ。あまりにも大きな事故や事件が起こると、正確な情報や理性的な意見よりも、悲しみが前面にでる。新聞が声をあげて嘆き悲しむのである。
 韓国人にとって、今回の事故は「まさに韓国的」なのだろうが、私にとっての既視感はそれだけでなかった。
潜水隊員が突入しようとしても、水中にいられる時間は短く、なかなか内部に到達できない。焦燥感。テレビは日本の専門家のインタビューなども報道され、一瞬「やはり日本はすごい」という気持ちにもなる。その一方で遅々として進まぬ現場と、乱れる報道を見ていると、原発の上空でバケツをひっくり返して放水した、あの日の情景を思い出す。

韓国独自の問題と普遍的な問題
大型事故にはその国独自の問題とは別に、どの国にも共通する普遍的な問題がある。たとえば、この船舶会社は財政状況が非常に悪かったという。日本でも鉄道やバスの事故が起きる時は、たいていその会社の経営状態に問題がある。いまだ行方不明のままのマレーシア航空も経営難にあった。
 財政状況が悪いと、当然のように安全面で問題が出る。事故を起こした船舶も日本から購入した時より韓国で巨大化(定員は804人から921人に増加)されていたという。そういえば、日本のネット上では「船が日本製だったことで、韓国人はきっと日本のせいにする」と盛り上がっている人々がいたが、それはあまりにも自信過剰だ。「韓国経済は崩壊し金を無心に来るだろう」というのも同じだが、心配も過ぎると妄想とよばれる。ちなみに、今回の件で韓国人は何一つ日本のせいにはしていない。それどころか、メディアでは久しぶりに「日本にはやはりかなわぬ」という声も聞こえてくる。この間の自信満々の韓国は、今、猛烈な反省と落ち込みの中にいる。
 財政状況の悪い会社でおろそかになるのは設備投資、一生懸命されるのは人件費の削減だ。恐ろしくプロ意識が欠如した船長や乗組員は、何百名の命を預かるにふさわし人ではなかった。会社はどうしてそんな無責任な人間を雇用していたのか。

船長は非正規雇用、月給は270万w(27万円)
 会社側の「過失」は徐々に明らかになっている。なかでも世間を驚かしたのは、船長が月給270万wの契約社員であったことだ。その他の航海士、機関長らも170〜200万w(17万〜20万円)、乗組員15名のうち正社員は6名だけだった。これは他の船会社の従業員の60〜70%の賃金水準だという。
 朝鮮日報のインタビューによれば、「通常、仁川―済州を運行する旅客船船長の月給は400〜500万w」「海洋大出身のエリートたちは年棒1億wを超える外国船航路を希望する」という。
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2014/04/23/2014042300093.html
つまり、若者が条件の悪い国内旅客船を避けるため、定年を過ぎたような船長に頼るしかないというわけだ。その中でも、事故を起こした「チョンヘジン海運」は特に待遇が悪く、いわゆる「ブラック企業」だった疑いが高い。
 勤務形態など詳しいことは明らかになっていないが、この低賃金を見ただけで、人々は深いため息をつく。「こんな低賃金で責任のある仕事をしてくれと言っても無理だろう」。
警察は船長らを逮捕し、大手メディアは彼らのモラルのなさを非難する。しかし、彼らの賃金が公表されたあと、ネット上では驚きの声や同情の声も出てきている。
「定年退職後の趣味生活のつもりだったでしょうね。」
それでも、日本だったらもっとプライドを持って仕事をする、と、私も思う。賃金に限らずプロとはそういうものだと、日本人の多くは思っている。でも、他国の人の考え方はそれぞれだ。私はもう20年以上も韓国の人々と一緒に仕事をしているが、やはりいまだに彼らの職業意識には違和感がある。かと言って、日本の仕事の仕方が完全に正しいと思っているわけではないのだが。

格差の闇 事故を起こした船舶会社に限らず、韓国で非正規雇用の賃金の安さはすさまじい。その人たちに「責任感」を求めるのは無理だと、街の食堂レベルでも思う。重い炭火を運び、大量の洗い物を片付ける女性たちの時給は5000w(500円)。日本人観光客の中には彼女たちの態度が悪いと不満を言う人も少なくないが、一生懸命やってもやらなくても時給は同じ、出世できるわけでもない。モチベーションは上がらない。オーナーの側もまた、家賃、燃料、材料、さらに子供たちの教育費など、出費はかさむ一方なので、つい削りやすい人件費から手を付ける。
 労働市場グローバル化による賃金の下方圧力は韓国だけの問題ではない。しかし国内市場規模が狭く、圧縮型の経済発展を続けてきた韓国では問題の進行も早い。格差が顕在化すればするほど、持ち前の「大らかさ」は「無責任さ」になり、やがて「オーナーへの反感」と悪化していく。
 「オーナーへの反感」は労働組合があるような大企業なら「正規の方法」がとられるが、非正規雇用の労働者の多くは労組もなく、その犠牲となるのは顧客だ。不親切な接客は我慢すればいいが、手抜き工事は生命に危険が及ぶことがある。
 それだけじゃない。労働者がオーナー以上に、顧客に反感をいだくこともある。韓国で家の修理をした人の多くは、その職人の仕事に幻滅する。仕事がいいかげんなだけではなく、時には排水溝にタオルやセメントが詰まっているような意味不明のミスもある。それをされた友人が「それはミスではなく悪意なのだよ」と言った時、韓国の闇を見たと思った。高価な新築マンションの排水溝にタオルを詰める人がいる。急激な経済発展と相対的な剥奪感、格差が生み出す闇は想像より深いのだ。

韓国経済は成長しているのに、なぜ暮らしは楽にならないか 私が韓国で暮らし始めたのは1990年、韓国人一人当たりの国民所得は1万ドルに達していなかった。それが現在は2万ドルを超え、世界12位の経済大国となった。ソウル市内のいたるところにあったスラムは高層マンションとなり、人々の暮らしは日本よりも贅沢に見える。なのに、人々は24年前も今も「ノム・ヒムドロウ」(しんどい)と言う。
 その原因の一つが、企業所得と家計所得の「格差」だという。企業はどんどん儲かっているのに、収入はそれほど増えていかない。韓国は家計所得の増加率と経済成長率の差がOECD諸国の中で最も大きい。
http://www.huffingtonpost.jp/wonjae-lee/korea-economy-suicide_b_5150908.html?utm_hp_ref=tw
 家計所得が取り残された最大の原因は、労働所得が上がらないことにあるという。経済評論家のイ・ウォンジェ氏がハフィントンポストに寄せた記事によれば、「国民所得のうち、働く人に分配された割合を示す労働所得分配率は2000年以降、著しく低下している。(中略)特に実質賃金は1990年代半ば以降、労働生産性よりも低い状態が続いている。つまり、労働生産性が高くなって生じた分け前が、働いた人に分配されていない」という。では、その「分け前」はどこに行ったのか?

真面目な人が報われない社会
 今後、徐々に明らかにされていくと思うが、今回の事故を起こした船舶会社の実質オーナーであるアイワンアイ・ホーリディングのユ氏一族は、国内ばかりか、海外にも不動産などを莫大な資産を保有しているという。検察はすでにオーナー兄弟とその父親に出国禁止を命じており、事件はあらたな局面を迎えた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140421-00000001-yonh-kr

さらに警察はすでに船長以下、運航にかかわった乗務員全員を逮捕しており、今後は事件の真相究明が話題の中心となっていくだろう。ちなみにオーナー兄弟の父親は、1980年代後半に「五大洋事件」というカルトの集団自殺事件にも関連が疑われた人物だ。今後はその方面での関心も高まるかもしれない。

それにしても、悲しすぎる。指示を守り、救命胴衣を着て船室に待機していた高校生が犠牲になった。真面目な人が報われない社会。やりきれない。

韓国でする「孤独のグルメ」11

今年はかつてない暖冬のまま、気がついたら冬が終わりつつある。スキーは2回ほど行ったけど、それ以外はあんまり冬が楽しめていないような気がする。
冬季オリンピックは、周囲ではあんまり話題にならなかった。4年後は韓国で開催なのだから、もうちょっと前夜祭ムードを演出するのかと思ったのだけど、そんなこともなく過ぎていった。そもそもテレビというマスが機能しなくなったから。家族はテレビ放映のために集合もせず、「国民」も「ともに熱狂する時間」が失った。シンクロしない人が増えた。

日本の方がはるかに盛り上がっていたように感じる。
日本にはスター選手も多いし。
ただ、私の周りにはルサンチマン系の黒息を吐いている人々が多いせいか、キム・ヨナがどうこうという暗い話題が多かった。
いろいろ聞いてくる人に「バカですか?」いう代わりに、韓国のネットで拾ったこんな写真を送ったりしていた。真央ちゃんとヨナちゃん。可愛いですね。

日本人もそうなのだろうけど、韓国人もみんな、忙しいし、疲れている。
日々刻刻変化する国土には、新しい高層マンション、レストラン、ブティック、新型のスマホ、新しいアプリ。欲望の街では、いくらお金と時間があっても足りない。
狂暴なポストモダン、「自分の頭」でしっかり考えないと、大変なことになる。




韓国でする
独りグルメ
  
その11

三清カルククスの
メセンイカルククス


   
 冬になると「こればかり食べている」というものがある。大好物なのだけれど夏はあんまり食べない。ヒントは海。さて何でしょう?
はい、答えは「それ」なんだけど、実はもう一つある。メセンイだ。韓国語だとわかりにくいので日本語に訳すと「カプサアオノリ」という(こちらも相当わかりにくい)。

「そんなの知っているよ」という方は少ないと思うので、簡単に説明するとアオサ科に属する海藻で、見た目はアオノリとも似ているが別種。韓国では南海岸の特産物として知られている。
これが市場にならぶのは、11月末から3月初めまでの3か月間限定で、海水の温度によっては、その収穫時期もずれる。最近は冷凍保存の技術が発達し、一年を通して食べられるようになったというが、でもやっぱり冬が美味しい。冷たい冬の海からあがったものをそのまま食べる醍醐味は、外気の寒さがあってこそ完成する。

 以前は南道料理の専門店に行かないと食べられなかったが、最近は全国区になり手軽に食べられるようになった。鍋やメセンイジョン(チヂミ)なども美味しいのだが、一人グルメ派に食べやすいのはカルククス。なかでも三清カルククス(02-2277-5675)は通年でメニュー入れている数少ないお店の一つだ。

いつもは一人でサクッと食べて来るのだが、ある日、日本から来たお客さんを連れて行った。
「メセンイって知っている?」
「なんですか、それ?」
韓国に留学経験もあり、韓国関係の取材などもしている方だが、やはり知らない。
「カプサアオノリのことです」
 ますますわからないという顔だ。こういう瞬間が私はうれしい。人が知らないことを私は知っている。カスみたいな自尊心が満たされて、ご飯を食べなくてもお腹がいっぱいになる。
 
 さて、出てきたメセンイカルククス。その色を見て、彼はギョッとした。以前にも書いたが韓国料理は赤とか黒とか白とか驚くべき単色料理がある。これは緑。しかも深海を想像させる深い深い緑なのである。
 彼がスマホを取り出して一生懸命撮影している。なんか人の役に立てようだと、自己満足でいい気持ちになる。そして一緒にカルククスをいただく。ああ、美味し〜い。
 メセンイカルククスには隠し味がある。深海のような緑のスープをさぐると、そこから小ぶりのカキが出てくる。これが絶妙な味わいだ。まろやかなメンセンイをすすりながら、ぷりぷりの牡蠣をつるっと食べる。まるで冬の海をまるごと食べているような気分。全身が心地よい磯の香りに満たされると言ったら大げさかもしれないが。
 昼食時は並ぶこともあるし、お一人様のマナーとして午後1時過ぎに行くのがおススメ。そうそう、冒頭に書いた「冬になるとこればかり食べているもの」の答えは「カキ」です。

韓国でする「孤独のグルメ」⑩

韓国でする独りグルメ
  
その10 

川魚のメウンタンと五分付玄米定食 

ソウルに雪が積もり、本格的な冬が到来したころ、ふとミンムルメウンタンが食べたくなった。ミンムルとは淡水のこと。つまり川魚のメウンタンだ、ソウルでメウンタンといえば、刺身の後に出てくる、タイやヒラメのアラのスープがおなじみなのだが、地方に行けば様々なメウンタンがある。ずっと以前、取材で訪れた街で何度か川魚のメウンタンを食べた。それが冬だったせいか、冬になると食べたくなるのだ。

 さっそくネットでミンムルメウンタンを検索してみたが、いずれも観光地の立派な店ばかり。一人でふらっと行けるようなイメージではない。韓国ではこういう野趣あふれる料理ほど、グループで行ってワイワイ食べるイメージが強い。でも現地に行けば、場末の食堂で一人、川魚のメウンタンを食べている人がいるかもしれない。とりあえず京義線で北に向かった。ネット情報では、一山(イルサン)市場には川魚を扱っている店があるようだ。

 
ちょうど市の立つ日だった。駅前で降りると、前方には色とりどりのパラソルの花が咲いている。入り口からほど遠くない場所で、洗面器に川魚を入れて売っている人がいた。タナゴ、ハヨ、ハゼ科のなんか。あれ、これは何だろう?
「斑点のあるやつはノンオですよ。こいつだけ海の魚」 

ノンオとはスズキのことだ。つまりこれはセイゴ(スズキの幼名)なのか。確かにセイゴは河口近くにいるが、でも斑点なんてあったっけ? (この疑問は後で解けた。これはヒラスズキと言って、スズキの中でも珍しい種類らしい。)
 「ところで川魚のメウンタンが食べたいんです。近くにありますか?」
 市場の人なら知っているだろうと思って聞いてみた。
 「ないね。ここにはない。汶山まで行かないと」
 
汶山は一山からさらに20分ほど北に行ったところにある。仕方ないのでまた電車に乗った。汶山でもやはり駅前の市場に行った。もうすでに2時近くになっており、お腹が空いてたまらない。市場の中で海苔を売っている人に、メウンタンの店はないか聞いてみた。
 「それはイムジン江まで行かないと。一人? そんなの無理。そんな人、聞いたことない」
 聞いた瞬間に力が抜けて、空腹で倒れそうになった。思わず、目の前にあった「昔のご飯探し」(031-952-3533)いう店に入り、定食を頼んだ。五分付玄米のご飯とテンジャンチゲがものすごく美味しくて、気絶しそうになった。特にテンジャンチゲの中の豆腐は絶品、この市場の豆腐屋さんの手作りだという。そうか、私はメウンタンではなく、今日はこれを食べにきたのだ。だんだん、そういう気分になってきた。
 ああ、美味しかった。いい昼ご飯だった。ソウルまでは約1時間。それにしても今日は、ずいぶん遠くまで昼ご飯を食べに来てしまった。

韓国人は伝統的にオメガ3好き

今朝の朝イチのオメガ3特集で、エゴマ油が紹介されていた。ああ、日本ではこんな感じなんだ。韓国人はクルミエゴマも超日常食。エゴマについて取材した記事があるので、久しぶりにブログをアップ。

韓国美人の理由?
エゴマを美味しくいただく

韓国では、エゴマをよく使う。葉(ケンニム)は肉や魚を食べる時の包み野菜や漬物(チャンアジ)などに、種は粉(トゥルケ)や油(トゥルキルム)にする。エゴマの葉を醤油や味噌でつけたチャンアジなどは、初めて食べた日本人も「とても美味しい」という。でも不思議なことに日本ではエゴマをあまり見かけない。どうしてだろう? 
エゴマにはオメガ3系のαリノレン酸が含有されており、近年、韓国では美容や健康の面でも改めて注目されている。旬は秋から冬、今回はエゴマのお話だ。

エゴマとは
漢字で書くと荏胡麻。東南アジア原産のシソ科シソ属の植物で、学術的に言えば「青シソ」にとても近く、名前が似ているインド原産の胡麻とは、まったく系統の違う植物だという。
たしかにエゴマの葉はシソの葉そっくりで、スーパーで間違えて購入した在韓日本人もいる。
「お刺身と一緒に食べて、びっくり仰天、香りがまったく違っていた。」
 いろいろ調べてみたところ、「アジアにはシソが好まれる地域(日本)と、エゴマが好まれる地域(朝鮮半島)があり、東南アジアにはそのどちらでもない未分化の品種もたくさんある」という。なるほど、日本と韓国はこんなところも大いに違うのだ。
もっとも日本でも大昔は灯明用にエゴマ油が重宝されたというし、多くはないがエゴマ料理が残る地方もあるという。また、韓国でシソ(紫蘇)は漢方の薬材だ。ただ食材としは、「韓国料理はエゴマ」、「日本料理はシソ」と、ともに歩んできたと言っていいようだ。

エゴマの食べ方

エゴマの料理の中で、もっとも簡単なのは「サムパブ」だろう。と書くと、何か特別な料理のようだが、要は「お肉やご飯を包んで食べる」ということだ。包むための野菜を韓国語で「サム(包み)ヤッチェ(野菜)」といい、エゴマの葉はサンチュなどとともにその代表格である。
韓国では肉類だけでなく煮魚や刺身なども葉っぱで包む。たとえば、ヒラメの刺身なども、ニンニやコチュジャンととともにエゴマの葉で包んで食べる。シソとわさび醤油で食べる日本の刺身とはまったく別の味わいである。
「そういう刺身はちょっと…」という日本人でも、エゴマの葉の醤油漬け(チャンアジ)は美味しいと思うようだ。
「これがあれば、ご飯が何杯でも食べられちゃいますね」
私もそれで困っている。
ところで微妙なのは、エゴマの種(トゥルケ)の方である。エゴマ油(トゥルキルム)はごま油(チャムキルム)とともに韓国料理に欠かせないといわれ、市場などでも並んで売られている。

これをチゲなどに加えると独特の風味が加わるというのだが、韓国料理を食べ慣れていない人にはわかりにくい。それよりも、エゴマの味が強烈に伝わるのは、種を粉にしたものを使用したもの。レストランメニューとしては、「トゥルケ・スジェビ(エゴマすいとん)」、「トゥルケ・カルククス」などがポピュラーである。

エゴマ料理の美味しい店
さて、どこが美味しいか? いろんな人に聞いてみると、「トゥルケ・スジェビ」の店が幾つか上がってきた。「仁寺洞スジェビ」や「三清カルククス」などは観光客にも行きやすいが、私には以前別件で取材して「ぜひ、もう一度」と思っていた店があった。大学路の「菊水家」だ。
カルククスやパッククス(小豆の手打ち麺)などが美味しいと評判の麺の店で、劇場街にあるため俳優たちの来店も多いという面でも話題になる。この店の「三色トゥルケ・スジェビ」(6,000w)は、カボチャ(黄色)、サツマイモ(紫色)、ほうれん草(緑色)を加えた三色のスジェビ(すいとん)が入っている。それが印象的だったのだ。
 店を訪れ、さっそくスジェビを注文、10分ほどで運ばれてきた。よしよし、3色そろっている。さて、いただきましょう。まずはスプーンでお味見。エゴマの香りとまろやかさがいい感じ。次に箸でスジェビをつまんで食べてみる。ほどよい固さが、わたし好みだ。やっぱり美味しい〜と、思ったのもつかの間、あれれ?

かっらーい!! しかも徐々にひりひりしてくる。白いスープなのにどうして、胡椒だろうか?
犯人はチョンヤンコチュだった。韓国で最も辛いといわれる緑の唐辛子だ。
「前は辛くなかったのに…」
「あの時は、日本人スタッフと御一緒だったから、わざと抜いたのですよ。韓国人は辛いのが好きだから」
辛くても美味しいので、完食はしたものの、納得できない。白くてクリーミーなものが激辛というのは、反則のような気がする。これは是非ともリベンジしなくて。自分好みのエゴマ料理を探す旅は続き、結果、今回のおススメとして以下の2軒を選んだ。
「弘大ミル房」のエゴマ・カルククス(6500w)
「ビビゴ」のレンコン・エゴマ・スジェビ(9000w)
 このうち、「ビビゴ」のレンコン・エゴマ・スジェビは秋限定メニューということで、レンコンの他、サツマイモ、ゴボウなどの季節の根菜類が加わる。根菜類の素朴な味わいとエゴマの香り、独特な歯ごたえとクリーミーなスープの調和は絶妙。美味しい。さすがだなと思う。ただ、季節限定のため、いつでも食べられるわけではない。
 一方、「弘大ミル房」のエゴマ・カルククスは通年だが、最近のブームでいつも満員。食事時間を外した方がゆっくり味わえると思う。

データ
菊水家 
住所)ソウル特別市鍾路区東宗洞130−33 電話)02−3673−5798
弘大ミル房 
住所)ソウル特別市麻浦区東橋洞198−13 電話)02−322-7713
ビビゴ
住所)ソウル特別市鍾路区新聞路1街光化門オフィシアビル
電話)02−730-7423

韓国でする「孤独のグルメ」⑧

最近は日韓関係が悪く、日本人観光客も激減しているようす。

「日本人観光客26%減、航空・旅行・ホテル大打撃」
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2013/10/29/2013102901344.html

 この記事、内容は見出しほど嘆いておらず、特に中国人観光客が穴埋めしてウハウハのところもあるはずなので、なんかな…という感じ。ただ、ついでに朝鮮日報を眺めていると、「おやっ」と思う。

「日本人の韓国旅行・投資減少、関係悪化が主因」という記事とか「‘韓国より日本の方が好き’東南アジアで国家イメージ調査」という記事とか…。

対日強硬一直線だったパククネ政権、どこまで頑張るかなと思っていたが、ちょっとだけ風向きが変わってきたのかな? 
さらに野党系の新聞になると、冷静な分析も少しずつ。これは京郷新聞の記事だけど、「일본에 대한 한국과 세계의 다른 시각」とかね。
http://yidaekeun.khan.kr/m/78
「僕たち韓国人が思っている日本と、世界が見ている日本は違うよ」と。

確かに、今回のような「日韓関係悪化」は過去になかった。これまではいつだって韓国が怒り、そのせいでいろんなことがキャンセルされていた。ところが今回は日本側の感情悪化がすごい。週刊誌のアンケートでは、成人男性の半数が嫌韓だとか。ネットなどを眺めていてもそうだろうなと思う。で、そういう空気はそろそろ韓国側に伝わり始めたかもしれない。

ちなみに韓国で普通に生活していて、最近になって特に反日感情の悪化を感じることはない。むしろよくなったかもしれない。
なにしろ調子にのりやすい韓国の人々。韓流ブームの頃は高ピーだった人が、いきなり低姿勢になったり。日本の人はこういうのを嫌うようだけど、まあ、商売やっている人にはありがち。日本人のメーカーさんだって、仕事が無くなってサムソンにすりよったし。

それよりも問題はPM2.5
こんなにきれいな空が、あっという間に灰色になる。

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韓国でする
独りグルメ
  
その8 八色サムギョプサルの
家庭式昼食
가정식점심한상
   
外出先で昼時が近づくとそわそわする。ランチの約束がない日は、ゆっくり自分の好きなものを選んで食べられる。それは楽しみでもある一方で、時には結構ストレスにもなる。先日もそんな日があった。
「さて、何を食べようか」
ここは弘大入口に近く、夜はとてもにぎやかなエリアなのだが、昼間は閑散としている。目の前にそびえる豪奢な木造建築は「東京焼き」。最近できた日本風焼肉店のようだ。その向かいは「美味しい京都」、こちらは以前からあった。

冗談みたいな店名が競合しているのが今のソウルである。
最近の和食ブームはすさまじい。寿司、ラーメン、かつ丼、日本風のカレーばかりか、日本風焼肉なども登場している。新規オープンで目立つ店はほとんどが日本がらみ、韓国料理は元気がない。うちの近所でもこの数カ月の間に、何軒もの韓国料理店が日本風居酒屋や寿司屋になってしまった。

日本にいたらランチに「和食」もいいけど、せっかく韓国にいるのだから、やはり韓国料理が食べたい。そこで、さらに周辺を歩いてみる。「おお、カッコいい」という店もあるが、いずれもカフェ。サンドイッチやバーガーの類も、やはり韓国では食べたくない。味も味だが、値段に納得がいかない。無意味に高いのだ。ちなみにスタバも、韓国が世界一割高と聞いた。

さらに目を凝らしてあたりを歩きまわる。清潔そうなポッサムの店があるが、一人では入りにくい。スンドゥブの専門店は一人でもOKだが、なんとなく芸がない。ソルロンタンにはまだ暑いし、冷麺はもうシーズンオフな感じがする。なるほど、韓国料理とは季節がはっきりしていた方が食べやすいようだ。寒ければ寒い、暑ければ暑いで、食べたい物のイメージはっきりする。

それにしても、決まらない。かなりお腹がすいてきた。早くしないと食べる時間がなくなってしまう。と、その時、目の前の店の宣伝文句が目に飛び込んできた。
「家庭式昼食一人前6000w」
おお、これはまさにお一人様のためのメニュー。日替わりで適当な家庭料理を出してくれる店に違いない。中をのぞいたら、男性の一人客もいる。よしよし、一人でも大丈夫だ。
やっとご飯が食べられる。ほっとして席に着くと、学生アルバイトのような若い店員がオーダーを取りに来る。
「家庭式昼食をください」
「はい。テンジャンチゲかキムチチゲか選んでください」
なるほど、チゲは選択制なんだ。もう考えずに一刻も早く食べたかったが仕方がない。
 「じゃ、キムチチゲ
 「はい、キムチチゲですね。ではテージコギ(豚肉)かコンチ(さんま)かチャムチ(シーチキン)の中から選んでください」
 また考えろと…。「チャムチ」と明らかに不機嫌に答えた。楽しみな昼食なはずが、すっかり疲れてしまった。そこへ、コンロと鍋をもったバイト君がニコニコしながらやってきた。なんと、今から火をつけて目の前でチゲを煮てくれるのだという。まだおあずけ。「待て」を言われるワンコのように悲しい私…。

 でも、待たされた揚句に食べた、ここの昼食はボリュームたっぷりでそれなりに満足した。だから、ま、いいっかと思うことにした。

韓国でする「孤独のグルメ」⑦

数日前からソウルは一気に秋になった。朝は17度、日中はまだ日差しは強いものの、真っ青な秋空が美しい。いい季節だ。
こうなったら、こうなったらで夏が名残惜しい。
四季のある国で暮らす人間はぜいたくだ。


韓国でする「孤独のグルメ」⑦
晋州会館のコンククス
콩국수

外国で料理を食べると、いろいろ驚くことがある。味や香りもそうだが、韓国では色に圧倒されることが多々ある。たとえばテーブルに並んだものが全て同じ色の場合とか。メインのキムチチゲにつけあわせがムウマレンイ(大根切干)、魚のトウガラシ煮、キムチ数種。
「うわ、真っ赤…」。
普通はホウレンソウの緑色や、卵焼きの黄色などが入るのだが、間に合わない時もあるのだろう。これには辛いもの好きの私でもギョッとなる。

中には「黒」がダメという人もいる。チャジャン麺のことだ。見たこともないような真っ黒なソースにたじろぐそうだ。「黒」は大丈夫だが、私は「白」に驚いた。コンククスである。

「今日は暑いから、とっておきのものをごちそうしてあげる。」
あれは1991年の夏のこと、私は当時、延世大学の韓国語学堂というところで勉強していた。誘ってくれたのは、同じ年の韓国人の友人だった。
目の前に出されたのは真っ白の料理、友人は「わあ〜。美味しそう」と歓声をあげている。

これが美味しそう?? 白一色のうえに、具が全くないのにも驚いた。でも、実際に食べたら「これは!!」と感動するかもしれない。勇気を出して、口に入れてみた。
味がない。なーんの味もない。衝撃だった。世の中には、こんなに味のない料理もあるのだ。

私がかなり嫌そうな顔をしたのだろう、友人が「味が薄いなら塩を入れろ」という。なるほど、テーブルには塩が置いてある。それを入れてみたら、塩の味がした。さらに友人は「キムチと一緒に食べろ」という。キムチを入れてかき混ぜた。白いスープが赤く染まるまでかき混ぜた。友人が露骨に嫌そうな顔をした。今はその意味がわかる。それはまさに邪道な食べ方なのである。

散々な思いをした初コンククス、もう二度と食べることはないと思ったのだが、その翌々年、今度はアメリカ人の友人に誘われた。
「ものすごく美味しいコリアンフードがある」

真っ白い麺を前に、またこれかとがっかりしたが、しぶしぶ口をつけてみて、驚いた。あれ? 何か違う。大豆の味が生きている。麺のシコシコ感もほどよい。さらにキムチがうまい。キムチは淡白な料理(コンククス、カルククス、ソルロンタンなど)の味を完成させるうえで、決定打となる。

コンククスへの誤解をといてくれた店の名前は晋州会館 (02-753-5388)。あれから20年近くたった今も変わらぬ味を提供してくれる。ソウル地下鉄2号線市庁駅の9番出口を出て、路地を左に入る。夏の昼時はサラリーマンが長い行列を作っているのですぐわかる。
一人でも、韓国語ができなくても大丈夫。夏のランチタイムのメニューはコンククスのみだから。席に座ってお金を払えば、何も言わなくても真っ白の料理が出てくる。ひんやりした大豆の味わい。夏はこれに限ると、今は思えるようになった。