韓国でする1人グルメ その22 懐かしい食堂 チャガルチの麦飯屋さん

 

 この夏、仕事で欧州にしばらく滞在していた。豪勢な食事よりも、普通のチーズとサラミ、新鮮なラデュッシュ、そこにガーリック漬けのオリーブと手軽なお値段のワインがあれば満足。もうそれでいい。白いご飯がなくても別に困らない。私にとって欧州は滞在しやすい国だ。
 街も合理的だ。道路が狭いから自動車も小さいし、その小さい車もさらなる弱者である歩行者に道を譲る。信号がなくても秩序が守られる。人々は一生懸命生きてる。そして街は美しい。中世の石畳がしっかり保存され、風景は統一性をもっている。さすが世界中の人々が賞賛する一級の観光地。素晴らしい。
 ところが、時折、無性に韓国が懐かしくなった。韓国というより、アジアだろうか。欧州にはないものが、我々のアジアにはある。

 韓国に戻り、仕事で釜山に行った。南浦洞で用事を終えたらチャガルチ市場に行って昼食を食べよう、と朝から決めていた。チャガルチ市場は韓国有数の水産市場であり、新鮮な魚をその場で刺し身やメウンタンにしてくれる。野趣あふれる食べ方が市場の喧騒とセットで、外国人にも人気の観光地だ。これまで取材で何度も訪れたし、プライベートで食事したこともある。でも、私が昼食にと思ったのは魚介類ではなかった。
 南浦洞のBIFF広場の前の信号を渡り、チャガルチ市場方面に行く。この付近は昔も今も変わらない。 日が昇る前に一仕事終えた街は、昼の気だるさがあたりを覆っている。

 たしかこの辺だ。市場の手前の狭いバス通りを左に折れて少し歩く。あった。「ポリパブ」という小さな看板。嬉しかった。 韓国では1年前に来た店すら、探すことができないこともあるから。「ポリパブ」とは麦飯という意味だ。 ナムルやキムチを麦ごはんにのせて、テンジャンチゲをぶっかけて食べる釜山式。優しい味は今も昔も変わらない。
 

 
 この店に初めて来たのは今から20年ぐらい前だろうか。早朝のセリ市で知り合った、 市場の「ガードマン」が教えてくれた。見上げるほど大きな身体は、まるで山のようだった。彼は日本の相撲部屋にいたといい、とても上手な日本語を話した。
「日本語はうまくなったけど、相撲はダメだったよ。だから今は市場の用心棒」
市場は怖い場所だ、若い女性(当時)が1人で来るような所ではない、と彼は言った。
 麦飯を食べながら、人々を眺めていた。韓国の旅の思い出は、いつも「この人たち」との出会いだった。人懐こくて、世話好きな人々。欧州ではなかなか出会えない、彼らがこそが、この国の旅の魅力だったのだとあらためて思った。