冬の珍味 メセンイクック

全羅南道康津郡・ソウル特別市など

冬だけのお楽しみに
     メセンイのスープ料理

 料理に季節感がなくなって久しいソウルのレストラン。かつては貴重だった旬の野菜、旬の魚も、超高度な温室栽培や冷凍技術で、一年中ほぼ何でも美味しく食べられるようになった。ところが、「これだけは冬のみ」と、頑固に主張されるものがある。それがメセンイだ。聞き慣れない名前? 韓国でも一般に知られるようになったのは最近である。日本語ではカプサアオノリというそうだ。

「誰だ! 俺のメセンイクを残した奴は?!」
 韓国のベストセラー漫画、その後にドラマや映画にもなった『食客』(ホ・ヨンマン作)に、次のような話がある。
9月のある日のこと、主人公はグルメな知り合いと共に某高級料亭を訪ねる。店自慢のメセンイのスープを味わおうと誘われたのだ。それは、メセンイは南部海岸地方のご当地料理だが、最近はソウルでも食べられるようになった。その中でもここは「最高の味」と評判で、予約なしでは食べられないし、お代わりもできないという。
超レアな一品に一行は感動。ぺろっと平らげて、お代わりも所望するが、もちろん叶わない。ところが、客室係が後で片付けに部屋に入ると、テーブルの下に一人前だけ、ほとんど手付かずのメセンイのスープが残してあった。
 「誰だ! 俺のメセンイを残した奴は?!」
 怒った厨房長は一行を追いかける。その厨房長に向かって主人公は「メセンイはこんな風に食べるもんじゃない」と一言。そうして主人公と厨房長のメセンイ対決が、一週間後に約束される。さて、結果はどうなったか?

空の器の意味
 グルメ漫画の常として、結局は主人公が勝つのだが、その仕掛けはちょっとダサイ。対決当日に、主人公が用意した料理の器は、なんと中身が空っぽだった。
「ふざけんじゃない」
「ふざけてなんかいない。そもそも、9月に美味しいメセンイが食べられるわけがないんだ。メセンイが採れるのは、11月末から2月末までの3ヶ月間だけ。だから今は空の器を眺めて味を想像することしかできないんだよ。」
つまり、くだんの高級料亭が出していたメセンイは冷凍もので、それを売り物とするなどは邪道ということだ。さらに主人公のセリフは「9月にメセンイを出しておいて、それを最高の味というなんて、本当の味を知る南海岸出身の人が聞いたら大笑いするだろう」という感じで続いていく。
「空の器」とは面白くないオチなのだけど、漫画のおかげでメセンイの旬に対するイメージは強烈に残る。それは冬にしか食べてはいけないものなのだ。

南海岸の特産物
 メセンイは、見た目は青のりによく似ているが、まったく別の海草だ。冬の冷たい海でのみ、しかも綺麗な海水でしか育たない。人工培養はできないため、天然の胞子を採取したものを、竹を編んだ網につけて育てる。干潟での手仕事は決して楽なものではない。
食客』では、全羅南道長興郡のネジョ村が特産地として登場するが、この村に限らず、冬になると南海岸の入江でメセンイを見ることができる。昔から地元ではスープやお粥として食べられてきた。それだけでも十分に美味しいのだが、これまた地域の特産品である牡蠣をスープに加えると、絶妙な味わいになる。まろやかなメンセンイをすすりながら、ぷりぷりの牡蠣をつるっと食べる。まるで冬の海をまるごと食べているような気分? 全身が心地よい磯の香りに満たされる。
地元の人は冬が近づくと、その味がひたすら恋しくなるという。まさに季節限定料理の醍醐味だ。
また最近はソウルでのメンセンイブームにあやかって、地元でもそれを利用した村おこしなども行われている。例えば、全羅南道康津郡ではこの特産物を全国に広めようと、新しい料理法もいろいろ研究されている。すでにおなじみのメセンイカルククスをはじめ、メセンイのおこげスープ、メセンイのジョン、メセンイの餅粥など、それはバラエティにとんでいる。

ソウルでもぜひ冬に
 さて、ソウルではどこに行けばメセンイが食べられるか? 有名なのは金大中大統領もご贔屓として知られた「シンアンチョン」だ。大統領御用達とあれば、『食客』に登場するような高級料亭を思い浮かべるかもしれないが、南道料理の店は概して庶民的だ。シアンチョンも、昼間は近隣のサラリーマンで賑わう、いたって敷居の低い店である。
 メセンイのスープはこの店の定番メニューであり、1年中食べることができる。ということは、冷凍=邪道? と思い込む人がいるかもしれないが、オーナーもお客さんもそんなこと百も承知だ。夏にこれを頼む人はよっぽど何かの事情で食べたくなった人、それはそれとして歓迎する。しかし、メインは冬だ。毎日、現地から送られる採りたてのメセンイを目指して人々が集まる。繁盛店は回転がいいから、いつ行っても新鮮なものが味わえる。
 ランチタイムならメセンイのスープ(1万2000w)だけを注文することもできる。全羅道名産のカッキムチや煮魚などのサイドディッシュが数品ついてくるので、定食として十分なボリュームがある。ただし夜はナクチ(タコ)やホンオ(エイ)などの南道料理を何か一品、頼まないといけない。
 最近は南道料理の専門店以外でも、メセンイを扱う店が増えている。例えば、かに料理で有名な「プロカンジャンケジャン」や、麺の専門店である「三清洞ククス」など。「最高」かどうかはわからないが、冬に行けばやはり美味しいメセンイが味わえるはずだ。

データ
シンアンチョン  ソウル特別市鍾路区内資洞152 02−725−7744
プロカンジャンケジャン ソウル特別市瑞草区蚕院洞27−1 02−543−4126
三清ククス  ソウル特別市鍾路三清洞62−13   02−2277−5675