「牛の鈴の音」

日常的な韓国語にはほとんど苦労しないが、この単語はわからなかった。
워낭소리(ウォナン・ソリ)。ここで暮らして19年、初めて聞く韓国語。でも、どうやら韓国に人々も同じらしい。だから、パンフレットに単語解説があった。「牛が首につける鈴の音だ」と。

これは映画のタイトルだ。今、韓国でもっとも話題のドキュメンタリーフィルム。80歳の老人と、40歳の牛の物語だ。主人公の彼らには言葉はない。唯一、老人の妻のチャンソリ(ぼやき)と身世打鈴がナレーションの役目を果たす。
「こんな旦那に会ったおかげで苦労する。アイゴー、ネパルチャ」
「牛のために、こんな苦労を」
「そんな牛、売ってしまえ」

美しいスチール写真からは老人と牛の愛の物語を想像する。ところが、ドキュメンタリーはリアルだ。映画はひたすら過酷な労働の日々を映し出す。老人は自分にも、老いた牛にも、老いた妻にも、ひたすら労働を強いる。動物虐待ーー家でペットや子供を甘やかしている人はそう思うかもしれない。

でも、ここにこそ真実がある。韓国人が好きな言葉では「愛」かな?(映画の主人公たちはそんな格好悪い言葉は一回もつかわないけど。いったい、韓国人はいつから「愛」という言葉を連発するようになったのか?)
だから、後半で観客はみんな泣いてしまう。喪失感に身を引きさかれる。

それにしてもだ。
あり得ない…。まるでフィクションのようだ。
あり得ない美しさ、あり得ない貧しさ、あり得ない人々。
「お父さんたちの風景」とパンフレットにある。
これが昔の話だったら納得するけど、今の韓国の話だ。