映画『雪国列車』を見ながら思ったことなど

8月に韓国に戻り、映画を立て続けに見た。理由はもう多くの韓国の皆さんと同じ、驚くばかりの暑さのせい。しかも連日の異様な湿度の高さは、かつて経験したことのないものだった。夏好きな私が生まれて初めて「早く秋が来てほしい」と思った。それほど暑かった。

そこに加えて、韓国では政府命令の強制節電。どこもかしこも暑く、でも違反したら罰金。ピーク時には、公務員は冷房禁止令まで出た。そこで病院などとともに強制節電からの例外とされた映画館は、まさに貴重な避暑空間。おかげで8月は韓国映画だけで観客が2000万人突破という大記録ができた。

今回の強制節電を見ながら、あらためて韓国人は偉いなと思った。強制節電を守り、冷房禁止になってもちゃんと仕事に行く。ぶっ倒れたら間違いなく労災適用な環境を政府が率先して作り、それに従う。

独裁政権時代(李朝から最近まで)の名残かなと思う。80年代までは夜間通行禁止令、90年初頭までも深夜営業禁止令があった国だ。自由と民主主義の歴史は浅い。表面的には自由奔放に見えるが、実は不自由な部分も多く、日本に帰依した元韓国人が入国禁止になったり、北を支持した人が「内乱陰謀罪」の対象になったりもする。「愛国」や「民族」という「正義」の前に、自由は制限されている。

韓国人の「愛国」は立派だと思うが、真夏の強制節電はつらかった。こうなったの原因の一つは、故障だらけの原発のせいだ。韓国の原発は最近よく止まる。怖いと思うが、ラッキーかもしれない。止まるのは何かの不具合があったからで、その意味では怖いし、でも止まらなかったら、不具合が見逃された可能性があり、だとしたらもっと怖い。

地震津波こそないものの、韓国の原発が日本以上に安全だと思っている人は、おそらくいない。「日本であれだから、うちはもっとやばい」と当の韓国人こそが切実に思っている。

「政府が魚の汚染を調べないのは、実は日本ではなく自分のところの原発から漏れていたら困るからですよ」
 と、ひそひそ語る人もいる。
もっとも、日本のような「ダダ漏れ」ではないだろうから、これをもって日本人が「よかった、あちらもなのね」なんてホッとする理由にはならない。汚染水タンクを作り続けるしかない日本とは深刻さの緊急度、次元が違う。

それは、そうと映画の話だった。

最初に見たのは『雪国列車』だった。多くの韓国映画ファンと同じく、私自身も心待ちにしていたポン・ジュノ監督の新作。大ヒットした『漢江のグエムル』は韓国映画の中でもっとも面白かった映画の筆頭だし、『母なる証明』はさらに監督のナイーブな知性が発揮された映画だった。韓国で知性的であり続けることは難しい。知識人は知性よりも「道徳性」を求められ、言動を著しく制約される。しかしポン・ジュノという人は、陳腐な道徳性に屈せず、自らの世界を描ける洗練されたアーティストの一人だと思っていた。
でも、『雪国列車』はちょっと違っていた。
これは彼の中の<少年>が作った映画なのだな。
電車というアイテムが悪かった。『怪物』ではそのものの少年性と火炎瓶というオヤジアイテムの相互作用が絶妙だったが、今回は電車を相殺する嫌味が不在だったような…。ま、いいか、次に期待しようと思う。

映画自体はまあそんな感じなのだけど、印象に残ったシーンが2か所ある。一つは寿司屋さん、もう一つはキンダーガーデン。他にも階級上昇の記号はいくつかあるのだけど、なるほど寿司かい…という感じ。
グローバル時代の新富裕層の象徴としての寿司。
つまらなすぎてぞっとするけど、日本人としてはやはりそこで勝負すべきだなと改めて思った。今日の日経ビジネスの「世界市場に進撃する日本のお菓子」という記事も本当にそうだなと思った。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130830/252804/
世界の人々が喜ぶ美味しいものをみんなで作ろう。それこそ、平和国家のイメージだ。

もう一つのシーンはキンダーガーデン
こちらは、その映画を見た数日後に、まさにデジャブーじゃない? というほどグロテスクなシーンを見たので。ソウルにある老舗の社交クラブ。たまたま、知り合いの金融屋さんの奥さんとそこのバーで飲もうという話になって行ったのだけど、ここのキッズクラブがすごかった。
この社交クラブ、韓国人の富裕層増加にともなって、後から増築した部分が地下にあり(入口が山の中腹なため、厳密には地下というわけでもないのだけど)、キッズクラブは地下の地下。階段を下りて、突き当りを曲がって、また降りて…。その奥の奥の扉をあけると、いきなり照明がぱっと明るくなる。パステル調の部屋の中で遊ぶ裕福な子供だちとたくさんのメイドさんたち。
まるで防空壕。いや、そのものかな。