映画『トガニ』

映画『トガニ』を観た。タイトルは「坩堝(るつぼ)」という意味の韓国語。原作者である作家コン・ジヨンによれば、これはまさに「狂気の坩堝」なのだという。
映画は光州の聾学校(特別支援学校)で20005年に発覚した実際の事件をもとにしている。学校では校長以下複数の教職員による暴力と性的虐待が、5年もの間放置されていたのだ。

児童虐待の映画」と聞いた瞬間に、人々の表情はゆがむ。そんなむごたらしい映画は見たくない。私も同じだった。ところが映画はそんなヤワな根性をたたき直してくれる。衝撃は怒りになり、署名運動が広がった。その結果、警察は加害者への再捜査を決定し、彼らが復職を果たしていた(!)学校は閉鎖された。さらに国会も障害児童への法的特例など、いわゆる「トガニ法」の検討を始めるに至った。

高層ビルが建ち並び、ともすれば日本より洗練された都市文化が広がるかに見える韓国。きらめく韓流カルチャーの一方で、闇はどこまでも暗い。とくに貧困や暴力など弱者をめぐる負のスパイラルは、この国がまだ貧しかった時代も今もほとんど変わらない。むしろ家族親戚間の相互扶助能力が低下したことで、弱者を囲む環境はいっそう荒廃しているかもしれない。

今回、ソウル市の新市長が公約にした小学校における無料給食の実施は、かつて親族間などで行われていた救済活動を、国家や自治体が肩代わりするためのものだ。韓国で無料給食と言えば、これ以前にも老人やホームレスを対象に各所で行われてきた。まず、食のも問題から解決する。「飯は天」だからだ。

『トガニ』は使命感にあふれた映画だ。児童虐待という凶悪犯罪にかかわった加害者がのうのうと復職している現実が放置されている。それも韓国が貧しかった60年代の話ではない。事件が発覚したのは2005年、つい最近の話なのである。
映画は450万人もの観客を動員し、その力は社会を動かした。
原作やシナリオ、演出も素晴らしいが、主演であるコン・ユもよかった。その演技力は、「目に力のない演技は難しいのに…彼はすごい。私は自分が原作の映画を見て、泣いてしまいました」と、原作者のコン・ジヨンを驚かした。

もともとこの映画は、コン・ユ自身の思いだった。大ヒットドラマ『コーヒープリンスの1号店』の直後に入隊、軍隊生活の中で原作を読んだ。「これを映画にしたい」と所属事務所に提案したのは、彼自身だった。
軍隊生活の中で、韓国のアイドルは社会を学ぶ。復帰した時に、彼らは大人になっている。