ソウル市長選挙

予想外に盛り上がったソウル市長選。学校給食の無償化に反対して辞職に追い込まれた呉世勲前市長に替わり、新しく市長となったのは無所属の「市民派」朴元淳(パク・ウォンスン)氏だ。選挙で負けた与党はもちろん、独自候補の擁立を断念し、朴氏支援に回らざるを得なかった野党民主党も事実上の敗北である。来年の大統領選を前に、2大政党が両方とも敗北したというのが、今回の選挙の結果だ。
市民派候補の勝利を決定したのは、若い世代の浮動票だといわれる。年代別の支持率は、非常にはっきりしていた。KBS MBC SBSが共同で行った出口調査の結果によれば、20代では朴氏が69.3%で与党候補は30.1%、30代では朴氏が75.8%、で与党が23.8%、さらに40代でも朴氏が66.8%、与党が32.9%と、若い世代では朴氏支持が圧倒的に多い。
一方、50代では与党56.5%、朴氏43.1%、60代以上では与党69.2%、朴氏30.4%と、年齢が高い人々は与党支持者多い。
今回の市長選、学校給食の問題が発端となったこともあり、当初は若い世代お関心は低かった。その流れが突然変わったのは、ふってわいたような「安哲秀(アン・チョルス)教授(49)立候補説」だった。それ自体は本人によってすぐさま否定されたが、政治的な場所ではなじみのなかったこの名前が、選挙期間中を通して常に話題の真ん中にあった。それはもう市長選の話ではなかった。一部のアンケート調査では、大統領選での支持率一位という結果まで出てきた。本人が出馬を匂わせたわけでもないのに、だ。
そうか、アン・チョルスがいたじゃないか!
この日本人には、あまりなじみのない人物は誰なのかについては、先日のブログでふれた。1962年生まれの49歳。ネイバーでググってみると、韓国のメディアに名前が登場するのは1990年が初めて、コンピューター・ウィルスに関しての記事だ。当時の彼はお医者さん。大学の医学部に籍を置きながら、PCのウィルス研究を始めていた。韓国でIT革命がおこる10年前、PCユーザーが全国でわずか1500人だった時代だ。
 そのアン・チョルス氏が時代の寵児となるのは1990年代後半、アジア金融危機ITバブル時代だ。彼は大学の医学部をやめて、コンピューターセキュリティーの会社を立ち上げた。それが大成功、若手ベンチャー起業家のリーダーとして一躍注目を浴びるようになった。
 彼の話を日本人の友人にしたら、それはホリエモンみたいなのかと聞かれた。違う。ホリエモンでも孫正義でも三木谷浩史でもない。企業家というよりは知識人、その意味で彼は非常に韓国的なスターである。アン・チョルスが支持されたのは、彼がお金儲けに成功したからではなく、そのするどい社会分析と新しい価値観の提示にあった。彼は国家倒産の危機を経験した「IMF時代」の若者たちに希望を与えた、時代のヒーローだった。
そんな彼の名前が今回、ソウル市長選候補にあがった時(本人はすぐに辞退したが)、人々は「なるほど、そういう選択もあること」に気づいた。政治家が堕落してしまった今は、彼のような人をリーダーにするしかない。
野党が魅力ある候補者を立てられず、次期大統領選挙は与党優勢と言われてきた。もちろん、与党支持者が必ずしもパク・クネに満足していないことは、当人たちもわかってはいる。「でも人がいないから…」。ここまでは、日本の政治状況とよく似ていた。しかし「アン・チョルス教授」の登場で、すべての予測がリセットされることになった。最後にどんでんがえしがつきものの韓国の大統領選挙。また興奮の季節がやってくる。