「かわいそうだ」という感情
大統領までした人物に、こんな感情を持っていいのかと思う。
でも、私も40歳を過ぎたし、人生の後半部分なので、もう何を言ってもいいかな、と。
かわいそう。
それしか出てこない。
ノムヒョン大統領に対して特別な感情はなかった。好き嫌いでいえば、キム・グンテほど好きじゃなかったし、チョン・ドンヨンよりは好きだった。彼が当選したとき、周囲の人間は民主主義の勝利だと喜んだけど、私はその喜んでいる「集団」が嫌で、ちょっとひいてしまった。
「彼は在野でいるべきだ」
興奮する人々にそんなことを言って、嫌がられていた。
こうなる結末がわかっていたわけじゃない。
単にアウトサイダーが好きだったから。孤独に闘う人は格好いい。そこで実力を発揮できる人は、そのポジションに居続けたほうが、社会の役に立つ。そう思ったに過ぎない。
就任当初、彼はまったく人気者だった。でも、だんだん立場が辛くなっていった。
保守派の巻き返しは仕方がない。
それよりも問題は身内だった。
仲間だと思ったいた人々が、想像以上に彼に冷たい。
とくにひどかったのは金正日(もちろん、北朝鮮の)だった、と私は思う。
そして家族。彼は孤立していたと思う。
韓国のほとんどの「お父さん」と同じように。
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在任中はしんどかったと思う。
崇高(実は素朴)な理想が叶わぬ現代社会。理想主義者が政権担当者になることは、国家には長期的な利益をもたらすが、本人にはまったくツライ。
私は彼の就任と同時に、韓国で市民生活(子育て)を始めたので、韓国社会の現実の中で、彼の理想は非常によく理解できた。恩恵もうけた。「左翼政権の10年間が時代を止めた」と、バカなことを言う人がいるが、そんなことはまったくない。
彼はちゃんと韓国を前に進めた。
(もし、時代を止めているとしたら、今、彼の「弔い合戦」をやろうとしている人々。あの進歩的に見えて、実は保守的な人々が、私にとってはもっとも共感できない人々だ。)
マスコミのインタビューなどでは、検察を非難する人々は多い。それは一つには「国策捜査」だという指摘(韓国では標的捜査という)、もう一つは「大韓民国検察の野蛮性」である。
それは現政権への批判と容易に結びつく。「ノムヒョン派」の一部人士は「国民葬」に反対する声明も出している。
「現政府は葬儀に参加してほしくない」。
彼らが「自分たちだけでの葬儀」に固執しても、そこに故人の魂はないかもしれない。
一方、ネットやご近所の会話では、ノムヒョン一家のことが話題にあがる。兄、妻、子供たち…。
「弟の不正ならどやしつければいいが、お兄さんじゃ何もいえないだろう」
「反米派の大統領が、ドルで献金を受け、それで子供たちをアメリカに留学させていた。これは国民への裏切りだ」
「国内にいると不正に手を染めるから、それでアメリカに行かせたのだよ」
「夫が政治ばかりで家族のことを省みない以上、妻がお金をつくるしかない」
現在わかっている献金の総額は600万ドル。息子と娘の2家族の米国滞在費用としたら、それほど莫大な額ではない。でも、そのお金を支援者からの不正献金で得るしかなかったのか。
報道では、息子の家賃や所有の車の車種まで出ていたが、いずれも大統領の息子という身分からすれば、贅沢なものではない。彼のことを「ぼんくらなニート息子」と非難する声もあるが、個人としては、それもかわいそうな気もする。
だらだら書いているが、結局、かわいそうとして言えない。
大きな不正をしたわけではない。
でも、もうやれることがなくなった。
「面目ない」
検察に出頭するときの言葉だ。
「面目ない」
それで死を選んだ。
志士…、でも、やはりかわいそうだ。