金賢姫さんのこと

日本では「時の人」のようだ。母からも「釜山が映っている」と電話が来た。

日本で報道されているように、韓国ではみんなそれほど関心がない。
一般国民にとっては、かなり「過去の人」だし、マスコミにとっては取り上げにくい人。一時期、「大韓航空機事件の真相究明」とやらでMBCなどが彼女を追い回していたけど、鳴り物入りで始まった再調査でも「事件は北の犯行」ときっちり決まってしまった。いまさら、MBCも彼女のインタビューする動機はないだろう。

ところで事件から20年間余り、彼女をめぐる問題は「韓国や韓国人を理解できない」と常に私に思わせてきた。

1、まず「死刑判決」が出たわずか2週間後に「特赦」。しかも、「終身刑減刑」とかじゃなくて、釈放って…。

2、その後、彼女は本を書いたり、講演会を行ったり、社会活動を始める。事件被害者にとってはまだ悲しみも癒えないはず。クリスチャンとなった彼女にとっては、それが懺悔の活動だったのだろうけど。
(このあたりの、韓国キリスト教者の寛容さが理解できない。私がクリスチャンではないからか、あるいは韓国人でないからなのか。)

3、そして事件から10年後に結婚。女性誌にきれいな花嫁衣裳(韓国風)姿が掲載されていた。
 相手は担当のボディガード。つかず離れずにいれば情が通い合うことがあるだろうし、「自由の身」となったからには結婚もありだろう。でも、派手に式をするのは、遺族の感情を考えればできないんじゃないか。

ところで、このボディガード以前にも、彼女と結婚を希望する人は多かった。
「美人だから」
ネタじゃないんだよね。私の周囲にも大真面目で言っていた人がいた。「この国では、美人は許されるのだ」と。

4、それから数年後、「大韓航空機事件は韓国政府の自作自演」説の登場。
これはもともと日本発だ。日本では事件直後からこういうことを言う人はいたし、そんな論調の書き物も多く出た。それをもとに韓国で小説が書かれ、ベストセラーになり、政府まで動かしてしまった(もちろん、陰謀説は正式に否定されたが)。
 ずっと、以前ならともかく、金正日が日本人拉致を認めた後である。

(キム・ヒョンヒさんはこの頃から隠遁生活に入る。私は3歳児と1歳児を抱えた母親としては、当然の行動だと思うが、そこにまた「政治的な力云々」を言う人もいた。)

5、今回の記者会見で、韓国人記者がまたこの質問を持ち出し、それにキム・ヒョンヒさんが「怒る」場面もあった。
「この場で、そんな質問をするとは、日本から来てくれた人に失礼だ」と。
字幕や同時通訳だとよくわからないかもしれないけど、韓国語での語気はかなり強いものだった。一応、犯罪者であるところの彼女が、こんなに強気で「怒る」というのも、なんだか…。(日本人なら、まともに顔を上げないだろうな。あの、堂々とした態度は、強い使命感に突き動かされているからだろうか)。

ところで、今にして改めて気の毒なのは、この時の事件で亡くなった被害者の方々だ。当時、中東と韓国を結ぶ飛行機に乗っていたのは、多くが建設労働者だった。ソウルオリンピック以前、まだ貧しかった韓国で、家族のため、外貨のため、砂漠に出稼ぎに行っていたお父さんたちだ。
韓国で海外旅行の自由化がなされたのは1989年、それ以前と今とでは、大韓航空がもつナショナル・フラッグの意味も随分ちがったのだなあと改めて思う。