原産地表記

 「米国産牛肉を食べに行こう」
 7月初旬、ソウル市内で飲食店を営む友人からそんなお誘いがあった。友人は日本生まれの在日韓国人、80年代半ばに韓国にやってきた。
「もう20年以上もこっちで暮らしているのに、いまだ‘在日’っていうのもねえ…」と本人は自嘲気味だが、やはり本国の人々とは合わない部分もあるという。そのひとつが米国産牛肉をめぐるロウソク集会。あんなに熱くなる気持ちがわからない。だから「あえて、米国産牛肉を食べに行こう」という気持ちになったという。

すさまじい反対運動の中、米国産牛肉の販売が再開されたのは、7月1日のことだ。この日の夜のニュースでは、販売にあたったソウル市内の精肉店などが一斉に報道された。
「200キロが5時間で売り切れ」
「50〜60件の問い合わせ電話。市外から買いに来た人もいた」
デパートやスーパーなどの大手流通はまだ販売を決断しておらず、小売はごく少数の輸入肉専門店だけに限られている。ただ、この店がどこにあるかがわからない。
韓国のテレビ番組は公共性の観点から固有の店名やブランド名を出すことが禁止されている。また、新聞は「米国産牛肉入荷」という張り紙のある焼肉店が紹介されていたが、こちらも店名が表記されていなかった。
 「君なら知っているかと思って…」
 それで友人は電話をしてきたという。私はさっそく当該の焼肉店を調べた。新聞に載っていたのは輸入業者の直営フランチャイズ。今のところそれ以外で、米国産を全面に出して宣伝しているところはない。もちろん。反対運動を恐れてのことだ。
消費者運動エスカレートすると、社会全体に甚大な影響を及ぼす。平たく言えば「とばっちり」だ。

 飲食店を経営するくだんの友人が、ロウソク集会に批判的なのは、 実はこの「とばっちり」の問題も大きい。牛肉関連メニューの全体的な不振に加えて、7月8日から拡大施行された原産地表示義務。牛肉に関しては、どの食堂ももれなく、スープや惣菜類も表示の対象となった。これまでのように、焼肉の項目だけに「国産」や「オーストラリア産」と表示するだけではダメなのだ。
 たとえばカルビタンの場合だったら、スープのダシをとった牛骨と、中に入っている肉の原産地をそれぞれ表記しなくてはいけない。冷麺もスープのダシと、トッピングのチャンチョリム(牛肉の煮付け)がそれぞれ表記の対象になる。
 「面倒だから、もう牛肉を使うのはやめようと思う」
 ピビンパブやキンパブ(韓国風海苔巻き)専門店など、牛肉が主材料ではない店では、そういう声も聞く。
「日によって、オーストラリア産、ニュージーランド産と書き換えなきゃいけないなんて…」
 それでなくても原料費や燃料費の高騰に苦しむ飲食業界。文字通りに試練の夏である。